JICAの不正リスクと対策
承知しました。JICAにおける過去20年間の不正・汚職事例を徹底的に調査し、現在の不正リスクを明らかにします。また、USAIDをはじめ、予算規模が大きく過去に腐敗が問題化した国のODA機関との比較を行い、日本のJICAの腐敗度を国際的な視点から評価します。
公式報告書、監査報告、学術論文、国内外の主要メディアの報道、内部告発事例、国際機関(OECD、国連、Transparency Internationalなど)の評価を基に客観的なデータと分析を提供します。
調査が完了しましたら詳細なレポートをお届けします。
はじめに
日本の政府開発援助(ODA)を担う独立行政法人・国際協力機構(JICA)は、開発途上国への支援で大きな役割を果たしてきました。しかし過去20年間、その事業を巡っていくつかの不正・汚職事件が報じられ、JICAおよび日本のODAに対する信頼を揺るがす局面がありました。本調査レポートでは、JICAに関連する主な不正・汚職事例を振り返り、その影響や背景を分析します。さらに、予算規模や統計データに基づく定量分析、報道や専門家の論評に基づく定性分析を行い、JICAの不正リスクの現状を評価します。また、米国のUSAIDなど海外の主要ODA機関との比較を通じ、JICAの内部統制や腐敗防止策が国際的に見てどのような水準にあるかを検証します。透明性向上に資するため、各節では客観的な情報に基づき分析し、信頼できる出典を明示していきます。
JICAの不正・汚職事例(過去20年)
海外ODA案件に絡む贈賄事件
まず、JICAが関与するODAプロジェクトで発生した日本企業による海外での贈賄事件を振り返ります。2000年代後半、日本の大手開発コンサルタント企業が相次いで汚職事件を起こしました。
PCI事件(ベトナム): 2008年、日本の「パシフィックコンサルタンツインターナショナル (PCI)」の元社長ら4名が、ベトナム・ホーチミン市の道路建設ODA案件をめぐり、外国公務員贈賄の容疑で逮捕・起訴されました。PCI社は2003年12月に同市のプロジェクト管理局幹部に対しコンサル業務受注の謝礼として現金60万ドル、さらに2006年8月にも22万ドルを渡したことを初公判で認めています。この「PCI事件」により、日本の対ベトナムODAに対する信頼は大きく揺らぎ、日越両政府は汚職再発防止のための合同委員会を設置する事態となりました。日本の裁判では2009年にPCI幹部4名に執行猶予付きの実刑判決が下され、法人としてのPCI社にも罰金7000万円が科され、同社はJICAや国際協力銀行(JBIC)から一時的に指名停止(入札資格停止)処分を受けました。
日本交通技術(JTC)事件(ベトナム・他): 2014年には鉄道コンサル大手の「日本交通技術 (JTC)」による大規模贈賄事件が発覚しました。JTC社は自社が受注していたベトナム・インドネシア・ウズベキスタンの3か国のODA鉄道事業で、現地の鉄道担当公務員に総額約120万ドル(約1億3千万円)相当の賄賂を提供していたことが明らかになり、法人と経営幹部3名が不正競争防止法(外国公務員贈賄)違反で起訴されました。東京地裁は2015年2月、この事件でJTC社に罰金9000万円、元幹部ら3名にそれぞれ懲役2年~3年(いずれも執行猶予付き)の有罪判決を言い渡しています。この事件を受け、JICAはJTC社を指名停止処分とし、同社は海外事業部門を他社に譲渡して国際事業から撤退する事態に至りました。また日本政府はベトナム向けODA円借款の新規供与を一時停止し、再発防止策を協議する日越政府の合同会合を開くなど、信頼回復に努めました。JTC事件は日本企業によるODA汚職の深刻さを改めて示し、JICAはこの直後に不正腐敗防止策ガイダンスの強化を発表することになります(後述)。
その他の企業汚職事例: 上記2件以外にも、日本のODA案件に絡む不正事例が報じられています。例えば2014年、丸紅株式会社がインドネシアの発電所建設ODA事業を受注するため現地公務員に贈賄を行ったとして、米国司法当局から約8800万ドルの罰金支払いを命じられました(米国の海外腐敗行為防止法違反として摘発)。また、ODA案件を巡る競争入札での談合や不正契約が疑われる事例も指摘されています。実際、開発コンサル業界では「日本企業が贈賄攻勢でODA事業を受注していることは業界の常識」とまで言われており、「今回の事件は氷山の一角」に過ぎないとの厳しい指摘もあります。こうした批判は、日本のODAの一部に長年構造的な腐敗の温床が存在してきた可能性を示唆しています。JICA自身は直接の発注者ではない場合もありますが、日本のODA全体の実施機関としてこれら不正の防止に責任があります。
内部関係者による不正流用
JICA事業における不正は、企業による贈賄だけではありません。JICAから派遣された専門家や職員が、自らの権限を悪用して資金を不正に流用したケースも明らかになっています。代表的なのは2013年に判明したフィリピンでの事案です。
フィリピン専門家不正流用事件: 2013年、フィリピンで実施中のJICA技術協力プロジェクトに派遣されていた日本人専門家が、JICAから拠出された事業経費を私的用途に流用していたことが発覚しました。JICAの調査によれば、約810万円相当の資金が使途不明となっており、JICAはこの専門家との契約を解除するとともに、事実関係の詳細調査と法的措置の検討を行いました。外務省も直ちにJICAに対し厳正な対処と再発防止策の策定を指示し、6月までに有識者を含むチームによる再発防止策を公表するよう求めました。この事件はODA実施現場におけるガバナンスの甘さを露呈し、JICA内部でもチェック機能の強化や研修の徹底が図られるきっかけとなりました。
その他の内部不正: JICA職員・関係者による不祥事は大きく報道されたもの以外にも散発的に起きています。たとえば近年では、JICA職員が業務上知り得た機密情報を外部に漏洩した疑いで懲戒処分を受けたケースや、ODA事業の入札を巡る情報管理のずさんさが指摘された事例もあります(※出典:報道ベース)。JICAは内部統制ルールを定め職員行動規範を整えていますが、海外事務所を含めた監督体制に課題が残ることをこうした事件は示しています。
関連する政府・監査報告
過去20年間の不正事例に関連し、日本の監督機関も調査・報告を行っています。会計検査院はODAに関する随時の検査報告を通じ、不適切な経理処理を指摘してきました。例えば2004年、前述のPCI社による中米コスタリカODA事業に絡む不正経理が発覚し、架空の下請契約書や領収書を用いてJICAから不正に経費を請求していた事実が明るみに出ました。この件でPCI社は日本側に約17万2000ドルの不正受給額(利息分含まず)を返還し、外務省から18か月の指名停止処分を受けています(処分期間中の契約継続があったとの指摘も国会でなされています)。また、本件を契機にODA契約におけるチェック体制強化が求められました。
以上のように、JICAを巡る不正・汚職事件は過去20年でいくつも確認され、その都度国内外で報道・批判されてきました。特に大型インフラ案件に絡む贈収賄は日本企業・JICA双方にとって深刻な汚点となり、再発防止の圧力が高まっています。
不正リスクの定量分析:規模と傾向
ODA予算規模と潜在的リスク
JICAの扱うODA資金の規模から、不正発生の潜在的リスクを数値的に捉えます。日本は近年でも世界有数の援助国であり、2022年の政府開発援助実績は約196億ドルにのぼり、米国・ドイツに次ぐ規模を占めました。これは日本のGNI比で0.34%程度ですが、多額の税金がODAとして投じられていることを意味します。例えば近年の大型案件では、バングラデシュで進行中の「マタバリ石炭火力発電所建設事業」は日本のODA支援額が約6000億円にも達し、単一案件として過去最大規模となっています。もしこのような巨大プロジェクトで汚職が発生すれば、損失額や影響は極めて甚大です。実際、2024年9月には同発電事業を担うバングラデシュ側公社の役員が汚職容疑で逮捕される事件が発生し、日本のODA資金の使途にも疑念が生じました。このケースでは邦人関与は不明ですが、巨額プロジェクトに内在する不正リスクの現れと言えます。
ODA全体額に対する不正流用・汚職による損失の正確な割合を算出することは困難です。なぜなら、不正は氷山の一角しか表面化しない可能性が高く、発覚事例のみから傾向を推計するのは限定的だからです。しかし、判明している範囲でもいくつか数値的事実を挙げられます。先述のPCI事件では賄賂総額約820,000ドル(約0.82百万ドル)が供与され、JTC事件では3国合計で約120万ドルが賄賂に充てられていました。これらは契約額全体から見れば数パーセント程度の「コスト」に過ぎないかもしれませんが、積み重なれば国庫に対する重大な損失です。加えて、企業に科された罰金額はPCI社で7000万円、JTC社で9000万円でしたが、これらは不正で得た利益やODA事業規模を考えると必ずしも抑止力として十分とは言えないとの指摘があります。事実、OECD作成の対外贈賄に関する報告書でも、日本の法人贈賄罪の罰金額上限(当時)は低く設定されており、大企業にとって抑止効果が限定的であると指摘されてきました。
JICAの制裁件数と統計
JICAは不正行為に関与した企業・団体に対し「措置」(制裁)を科す内部規程を持ち、公式サイトで処分情報を公表しています。処分内容は一定期間の入札参加停止(指名停止)が主で、期間は不正の重大性に応じ数か月から数年に及びます。たとえばJTC社の場合、JICAの要請を受けたベトナム政府が2014年4月から36か月間の入札禁止措置を講じています。JICA自身も同社を国内外すべてのODA関連業務から排除しました。また、2024年7月には国内測量企業の不正が発覚し、この企業を5か月間の指名停止とする措置を実施しています。JICAが過去に発表した制裁件数を集計すると、毎年数件程度の企業・団体が不正行為で処分を受けていることがわかります(年度によって変動あり)。これは表沙汰になった案件のみですが、公式な統計として可視化されている部分です。JICAはまた世界銀行など他ドナーのブラックリストとも連携しており、世界銀行が制裁下に置いた企業はJICA調達からも排除する協定を結んでいます。
以上を総合すると、JICA関連の不正は大規模案件から小規模経費の流用まで多岐にわたり、その金額も数百万ドル規模から数百万円規模まで様々です。ODA全体から見れば発覚している不正額はごく一部に過ぎないものの、「氷山の水面上の部分」に過ぎないとの見方もあり、潜在的な損失は無視できません。不正リスクはJICAの事業領域全般に横たわっており、特にインフラ大型案件や資金の流れが複雑な事業ほど注意が必要だと言えます。
不正の背景と組織的問題(定性分析)
JICAおよび日本のODA事業における不正の背景には、いくつかの構造的・組織的要因が指摘されています。本節では報道、専門家コメント、国際機関の評価を踏まえ、どのような要因が不正・腐敗を招いているか、またJICA組織内の課題について分析します。
タイド援助と受注競争の過熱
日本のODAは伝統的に「ひも付き援助(タイド援助)」の比率が高いと批判されてきました。つまり、援助資金で実施される事業の受注を日本企業が獲得する構造になりやすいのです。開発途上国側にとっても日本企業の技術や資金は魅力的ですが、一方で日本企業間では受注をめぐる競争が激化します。その結果、「どの企業も何とかして受注したい」というプレッシャーが生まれ、不正な手段に訴える誘因となりえます。特にインフラ事業など巨額契約がかかった場面では、現地政府高官に賄賂を提供してでも受注を得ようとする腐敗的な営業活動(いわゆる「贈賄攻勢」)が業界の一部で常態化していたとの指摘があります。このような構造的要因から、ODA事業の受注=汚職リスクという図式が生まれてしまった面があります。JICAは発注者というより資金提供・監理者の立場ですが、日本企業が関与する案件においては結果的に汚職に巻き込まれる格好となり、ODA全体の信頼性低下に繋がりました。
不正防止策の遅れと情報不足
JICAおよび主管官庁である外務省の不正防止策にも課題が指摘されてきました。2008年のPCI事件発生当時、日本は1999年にOECD外国公務員贈賄防止条約を批准していたものの、実際の摘発件数は少なく、企業側のコンプライアンス意識も欧米に比べ低かったとされています。OECD作成の対日評価でも、長年にわたり「日本は外国公務員贈賄の摘発と処罰が不十分であり、経済規模・企業の海外進出度合いに見合った執行をしていない」と繰り返し批判されていました。こうした批判を受け、日本政府は徐々に刑罰の引き上げや時効延長など法制度を強化しましたが、企業への啓発や内部統制強化策の周知は後手に回った感があります。JICA自体も2000年代半ばまでは不正情報の一元管理窓口が十分整備されておらず、内部通報制度や海外での情報収集ネットワークが弱かったとの指摘があります。しかし2008年のPCI事件以降、外務省とJICAは各在外公館に現地語対応の不正情報受付窓口を設置し、情報収集と共有を図るようになりました。例えばベトナム日本大使館ではベトナム語でのホットラインが開設され、現地での不正情報を受け付ける取り組みがなされています。これは再発防止策として一定の評価ができますが、情報提供があっても現地当局との連携捜査がスムーズにいくとは限らず、実効性の面では課題も残ります。
内部統制とガバナンスの課題
JICA内部のガバナンス体制についても検討が必要です。JICAは独立行政法人であり、業務の監督は主務官庁の外務省、および会計検査院などによるチェックに委ねられています。民間企業のような社外取締役や監査役といった仕組みはありませんが、コンプライアンス統括部署や内部監査室を設け、不正防止に努めています。とはいえ、2013年のフィリピン事案が示すように、海外派遣中の専門家や職員による不正を防ぐのは容易ではありません。業務経費の管理や監査が行き届かない遠隔地では、チェックの目が緩み不正が生じやすくなります。この点、JICAはODA予算執行の現場を多数抱えるため、本部から現地への内部統制の「浸透」に限界があるといえます。近年、JICAは内部統制強化策として職員研修での腐敗防止教育や、不正の兆候を察知するためのプロジェクトモニタリング手法の改善などを進めています。また2018年にはJICA内に「腐敗防止策委員会」を設置し、学識者の意見も取り入れた提言をまとめています(※JICA年次報告書より)。しかし、組織的問題として指摘されるのは「事なかれ主義」や不祥事発覚時の情報開示の消極姿勢です。JICAや外務省は不正事案が起きた際、迅速に公表し厳正に処分すると約束していますが、実際には内部調査に長時間を要し、公表が遅れるケースもありました。このような対応は透明性を欠き、更なる不信を招きかねません。組織としての説明責任とガバナンス体制を強化することが求められています。
海外からの批判と評価
日本国内だけでなく、海外からもJICA・日本ODAの腐敗リスクに関する評価がなされています。国際NGOのトランスペアレンシー・インターナショナル(TI)は各国の腐敗認識指数(CPI)を公表していますが、2022年の日本のCPIスコアは73点(100点中)で、180か国中16位と比較的クリーンな評価でした。これは日本の公的部門全体の腐敗の少なさを示すものですが、一方でTIは日本企業による海外贈賄の取り締まりが依然弱い点も指摘しています。実際、TIの「輸出国贈賄指数」(2011年版)では、日本企業は28か国中4位と概ね良好な評価を得ているものの、依然として海外で贈賄が行われる余地があると分析されています。OECD作業部会も2019年、「日本は外国公務員贈賄の取り締まりを緊急に強化すべき」とする声明を英日両言語で公表し、制裁の軽さや摘発の少なさを厳しく批判しました。こうした国際的評価は、JICAを含む日本の援助機関にも改善を促す圧力となっています。JICA自体は2014年に「不正腐敗防止ガイダンス」を策定して企業や関係者に周知し、2017年にはガイダンス改訂版を公表するなど、不正抑止に向けた取り組みを強めています。その中では「制裁を受けた企業には再発防止策を作成・提出させ、措置期間終了の条件とする」ことが明記されるなど、過去の教訓を踏まえた条項が追加されました。これは制裁解除のハードルを上げる効果があり、企業のコンプライアンス向上に一定の寄与が期待できます。
しかしながら、海外の目から見て日本のODAは依然「透明性が十分ではない」との指摘もあります。国際的な援助透明性指標である「Aid Transparency Index」において、JICAの情報公開度スコアは2024年時点で54.8点(100点中)と“Fair”(可)評価にとどまり、50機関中37位という位置づけでした。この指数では英米の主要援助機関が「Good」もしくは「Very Good」に分類される中で、JICAの評価は見劣りします。もっともJICAは2022年に一時停止していた国際援助情報公開(IATI)へのデータ提供を2024年に再開し、スコアを前回より約32ポイントも急上昇させました。この改善は歓迎すべきであり、透明性向上に対するJICAの努力の表れといえます。ただし依然としてプロジェクト予算や契約情報の開示不足など課題も残っており、国際水準から見て更なる情報公開の促進が求められています。透明性の欠如は腐敗の温床となるため、情報公開は不正防止の観点からも極めて重要です。
国際比較:他国ODA機関との腐敗リスクと対策
JICAの腐敗リスクを評価するには、国際的な文脈で比較することも有益です。ここでは、ODA予算規模が大きく過去に腐敗問題が顕在化した米国の国際開発庁(USAID)を中心に、他国のODA機関との比較を行います。
内部監査・捜査体制の違い
最大の違いの一つは、不正・腐敗に対する内部監査や捜査の仕組みです。USAIDには独立した監察官室(Office of Inspector General, OIG)が設置されており、援助プロジェクトの監査・捜査を継続的に行っています。USAID OIGは半年ごとに米国議会向けの活動報告を公表しており、直近の2022年下半期~2023年上半期の報告では、183件の監査・評価を実施し、6300万ドル以上の不正支出や損失を摘発、18件の刑事訴追を勧告したとされています。このように、USAIDでは内部監査チームが積極的に不正を洗い出し、損害回収や刑事手続きまで踏み込んでいます。一方、JICAには独立捜査権限を持つ監察部門はなく、主に内部監査室と外部の会計検査院による事後チェックが中心です。不正の疑いがあれば捜査当局(特捜部など)に委ねる形となり、自ら積極的に刑事訴追を進める立場にはありません。この構造的違いにより、発覚する不正件数や回収される損失額にも差が出ています。USAID OIGは半年で6000万ドル超の不正を検出しましたが、JICAでこれほどの額が表沙汰になることは稀です。無論、援助形態や事業地域の違いもありますが、「見つけようとすれば不正は相応に見つかる」という示唆でもあります。JICAでも独法通報制度などはありますが、USAIDほど体系だった捜査力は持たないため、どうしても受動的にならざるを得ない面があります。
汚職発生率・スキャンダルの比較
ODA機関における汚職スキャンダルの頻度も比較されます。USAIDはしばしば巨大プロジェクトの失敗や不正がメディアに取り上げられてきました。例えばアフガニスタン・イラクでのインフラ復興事業では、多額の資金浪費や業者による詐欺が問題となり、監察当局(SIGAR等)の報告で数十億ドル規模の無駄遣いが指摘されています。また民間契約業者の不正として有名なのは、米国の大手コンサル会社ルイ・バージャーグループ(Louis Berger Group)がアフガニスタン等でのUSAID契約で恒常的な水増し請求を行い、2010年に総額6930万ドルもの和解金支払いに合意した事件です。この事件では同社元幹部が2001~2007年にわたり請求書を架空計上する詐欺に関与したとされ、法人は1,870万ドルの刑事罰を含む制裁を科されました。米国司法省は「17年間にわたり契約請求率を不正に水増ししていた」と認定しており、腐敗行為の長期性・巧妙性が浮き彫りとなりました。このようにUSAID関連では巨額の不正事件が発覚していますが、それらは同時に監察や司法当局が積極的に摘発した結果でもあります。JICAの場合、前述のように一件当たり数億円規模の贈収賄事件がいくつか判明していますが、1件で数十億円以上規模の汚職が明るみに出た例は幸いにしてありません。これは、日本のODA案件では資金フローのチェックが比較的厳格に行われている可能性もありますし、単に露見していないだけかもしれません。国際比較上は「日本の援助は汚職が少ない」とも言えますが、他国に比べ不正を見逃している可能性も否定はできず、評価が難しいところです。
内部統制の厳格さと透明性
内部統制や透明性の面でも差異があります。USAIDは上記のように監察組織があり、かつ議会や公衆への説明責任も強く課されています。一方、日本のODAは議会でのチェック(例えば国会審議や決算委員会での追及)は限定的で、主に行政内部の監査に依存します。この違いは、民主的コントロールの観点から重要です。さらに情報公開の度合いでは、先述のAid Transparency IndexでUSAIDは「Good」評価を維持しており、事業や予算に関するデータを積極的に公開しています。特にUSAIDはプロジェクトごとの詳細な予算・契約・成果情報をオンライン上で閲覧可能にしており、外部監視が働きやすい環境です。対してJICAは、情報公開こそ改善しつつあるものの(2024年時点で「Fair」評価)、依然として他ドナーに比べ公開範囲が狭く、例えば各案件の調達プロセスや契約金額の詳細、公募の評価結果などが分かりにくいとの批判があります。透明性が低いと不正の発見も遅れるため、JICAは今後もデータ公開を推進し、市民やメディアによる監視を受け入れる姿勢が求められます。
国際機関との協調
他国ODA機関との比較に関連して、JICAの取り組みとして評価できる点は、国際機関との協調です。JICAはOECD-DACの一員として他ドナーと情報共有を行い、特に贈賄企業リストの共有では世界銀行やアジア開発銀行とも協定を結んでいます。一方USAIDも各国の制裁情報を参考にしつつ、自前のブラックリスト制度を運用しています。このように、互いに不正情報を共有し合う仕組みは近年強化されており、腐敗に対するグローバルな包囲網が築かれつつあります。日本政府もベトナム政府との間で合同防止策を講じたり、フィリピン・インドネシアなど案件国政府に働きかけて共同調査を行うなど、国際連携を深めています。こうした比較から浮かぶのは、「腐敗防止は一国単独では難しく、国際連携が不可欠」という点です。JICAが今後とも海外ODA機関や国際捜査網と協調し、不正を許さない環境作りに寄与することが期待されます。
おわりに:透明性向上への課題と展望
本レポートでは、過去20年間のJICAを取り巻く不正・汚職の実態を事例とデータから分析し、国際比較の視点も交えて検討しました。いくつかの重大事件(PCI事件、JTC事件など)は日本のODAの信頼に傷をつけましたが、それらを契機にJICAと政府は腐敗防止策を強化しつつあります。定量的には、日本のODAに占める不正の表面化件数は限定的にも見えますが、それは内部監査体制や情報公開の弱さゆえの「見えにくさ」に起因する可能性も否定できません。定性分析からは、ひも付き援助の構造や企業文化、組織的ガバナンスの課題など複合的な背景が浮かび上がりました。
現在の不正リスクを把握し、今後の透明性向上に資するためには、以下のような取り組みが重要です。第一に、内部統制と独立監査のさらなる強化です。JICA内部におけるコンプライアンス人員の増強や、外部有識者による監視メカニズムの導入など、腐敗の芽を早期に摘む体制構築が必要です。第二に、情報公開と説明責任の徹底です。案件情報のオープンデータ化や、不正発生時の速やかな公表・対応状況の報告は、市民の信頼回復に不可欠です。第三に、国際協力の場での主導的役割です。日本はODA大国として、国際会議やODAチャネルで腐敗防止をリードする責任があります。例えば援助契約における透明性基準の国際標準策定や、途上国への行政能力支援(汚職摘発支援など)を積極化することも、日本のODAへの評価を高めるでしょう。
幸い、日本政府は2023年に改定した「開発協力大綱」においても「不正腐敗の防止」を基本原則の一つに明記し、受注企業の法令遵守体制強化や相手国との連携による腐敗防止策推進を掲げています。この方針の下、JICAも組織を挙げて腐敗防止に取り組む姿勢を一層強めると期待されます。過去の教訓を踏まえた改革を継続し、不正リスクを最小化していくことが、日本の国際協力の質と信頼性を高める鍵です。透明性と説明責任を持ってODAを実施することで、開発途上国からの信頼も増し、ひいてはより効果的な国際協力が可能となるでしょう。本調査で明らかになった課題を今後の改善につなげ、JICAが世界に誇れるクリーンな援助機関として発展することを期待します。
参考文献・出典(文中に【】で示した番号は以下の出典に対応):
- 【61】日越ODA腐敗防止合同委員会報告書(2009年2月)
- 【41】Latham & Watkins “Bribery & Corruption – Japan” (Global Legal Insights 2021)
- 【38】Wikipedia「日本交通技術」贈賄事件の項
- 【34】Vietnam Investment Review, "Japanese firm gets 36-month ban in bribery scandal" (2014)
- 【42】外務省報道発表「フィリピンにおけるJICA専門家による不正事案」(2013年2月7日)
- 【10】会計検査院報告「ODAに関する検査結果」(平成18年)
- 【63】日本共産党『しんぶん赤旗』主張「ODA事業贈賄/腐敗構造を徹底的に洗い出せ」(2008年8月16日)
- 【50】JICA「不正腐敗防止ガイダンス」(2014年10月)
- 【18】JACSES他「共同声明:ODA案件のバングラデシュ石炭火力事業で汚職により現地関係者逮捕」(2024年9月5日)
- 【51】OECD開発援助委員会(DAC)統計「主要ドナーODA実績(2022年)」
- 【54】JICA「措置の実施について」(処分公表ページ, 2024年7月)
- 【40】Transparency International Knowledge Hub “Overview of publicly available debarment lists suitable for ODA”
- 【46】トランスペアレンシー・インターナショナル「腐敗認識指数 2022:日本」
- 【65】Latham & Watkins 前掲(OECD作業部会の対日評価)
- 【57】Publish What You Fund “2024 Aid Transparency Index – JICA”
- 【58】Publish What You Fund “2022 Aid Transparency Index U.S. Brief”
- 【66】USAID OIG Semiannual Report (Oct 2022–Mar 2023)
- 【67】Reuters “NJ firm pays $69 mln in int’l billing fraud probe” (2010)
- 【59】外務省「開発協力大綱」(2023年改定)腐敗防止に関する記述
投稿日時: 12/29/57084, 6:36:40 AM
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